
突然わりこんできた声の方を、一同が振り向いた。見ると戸口に、白衣姿で長髪の女性が立っている。その女性が近づいてくると、なぜか闖入者達が神妙な雰囲気になった。
「今のやりとりで、どんな感想(データ)が得られたかしら、タマ?」
猫の前足が、ホワイトボードへ器用に文字を綴る。
「彼は研究者にしては、状況への適応能力が無いようですね」
「ちょっと…何言ってるんですか?」
狼狽している相沢は完全に無視である。
「ふーん…では、悠は?」
「はい。僕は彼の性質を、内向的で積極性が弱いと判断します!」
彼は満面の笑顔で、相沢が日頃から気にしていることを容赦なく、悪びれずに言い放った。さすがにこれには、黙っていられない。
「君達いきなり押しかけて来て、何なんですか!?僕はこれから大切な客人を迎えるんだ、出ってください!」
一瞬の沈黙の後、女性が意味ありげな笑みをうかべた。
「…まだ気づかない?私は、阿尾谷 真亜(あおや まあ)。プロジェクトの人工知能開発を担当するわ。貴方のパートナーってわけ。この子達は、私が手がけた完成体!よくできてるでしょ。この猫型も、将来意思疎通のできるペットが絶対ヒットする、と見越しての試作なの。人語発声機能の搭載も検討中!イイでしょ?初めての外部接触ではしゃいじゃったみたいだけど…よろしくね!」
「は…はは……」
自棄笑いをつくる相沢の前で、三者は一様に得意げだった。
これが、後にロボット工学界に名を馳せる二人の研究者の出会いである。
「いやー、悪い悪い。人間第一印象が肝心っていうからさぁ、嘗められないように気ぃ張ってみたんだけど、やっぱ慣れないことはするもんじゃないねー。耐えられ無くて吹き出してちゃあ、よけい嘗められるってもんだよねぇ。」
立原は放っておけば際限なく話しそうな勢いでしゃべり続けた。相沢は、次から次へと起こった出来事に思考が追いつかず呆然としている。
『いったい何が起こっているんだ?』
双方に詳しく事情を聞こうと、意を決して相沢は口を開きかけた。
「あの、…」
"ガララッ"
「全くなんだね君は!失敬な奴だな。人が話している最中に口を出すのは無作法だと親に躾られなかったのかね」
相沢の勇気は実らなかった。玖がホワイトボードと共に相沢の前に出て立原に猛然と抗議を始めたのだ。立原の顔から笑顔が消え、玖との間に険悪な空気が流れる。
「最初に人の話を妨害したのはあなたでしょう」
「なんだと?変な言いがかりをつけるな。最初にこの部屋に入ったのは私だ。したがって…」
ほうっておけばいつまでも続きそうだ。相沢は再び意を決して口を開く。
「あのっ!!」
青年は静かにドアを閉め、にっこりと相沢に話しかけようとした。
『?!』
突然彼の姿が消え、視界が真っ白になった。猫が相沢の前にクリップボードを出したのだ。二本の手(足?)で器用に字を綴っていく。
俺の名前は二階堂玖(タマ)。主に人間行動学を専門としていて、人工脳の実現に取り組んでいる。君のよき仲間となるよう努力するので、よろしく付き合ってもらいたい。ところで今日は交流を深めるため、飲みにでも行かないか。最近かつを雑炊に凝っているんだ。うまい店を知っていたらぜひ…
"ガララッ"
荒々しくボードを押しのけたのは、もちろん俺(相沢)ではない。さっきと同じ笑顔を張りつけたまま、青年は現れた。これ以上ないほどの笑みを向けられた玖は真っ黒な毛並みを逆立たせて俺の方へ飛びのいた。決して笑っていない目が、今度は俺のほうへ向けられた。
『僕の名前は立原悠』
人間というのが何なのか知りたい。たとえどんなに感情があるように見えても、しょせん遺伝子にプログラムされた通りに動いている細胞の集合体に過ぎないのだろうか。人間の感情は化学反応の結果に過ぎないのか、0と1で再現可能なものなのか。その答えを得るためにヒトと同じものを造ろうと思った。
そこまできて相沢は考えるのをやめた。そろそろ新しく研究チームに加わるメンバーが来るはずだ。
コンコン、カチャッ
ドアが開いた。そこには猫がいた…二本足で立っている。そして室内に入ってくるなりクルリと踵を返して助走、華麗に身を翻して――
ドフゥ!
鮮やかな回し蹴りを放ちドアを閉めた。相沢は停止していく思考の片隅で叫んだ。『……な、なんだコレェー!?』
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